帝国の版図を示した(1294年時点)。ジョチ・ウルス(黄)、チャガタイ・ウルス(濃緑)、フレグ・ウルス(緑)、大元ウルス(紫)である。 モンゴル帝国モンゴルていこく)は、モンゴル高原の遊牧民を統合したチンギス・カンが1206年に創設した遊牧国家(ウルス)である。中世モンゴル語ではイェケ・モンゴル・ウルス…
115キロバイト (15,394 語) - 2023年8月14日 (月) 05:46

(出典 sekainorekisi.com)


テムジンがチンギス・カーンと称し、モンゴル帝国を樹立した後も、数多くの侵略を成功
させることができたのは、「騎馬軍団の機動力向上」、「鉄資源の安定確保」、「高原内生産の活
性化」の 3 つの戦略、遊牧リテラシーに基づく「シフト」「コストダウン」「モバイル」「リス
ク回避」「ネットワーク」の 5 つの戦術を上手に駆使したからである。
と現代でも生かせる戦略を持っていたのですね。

1 世界@名無史さん :2022/04/05(火) 07:53:34.57 0.net
かつて世界最大の帝国を築いたモンゴル帝国について語りましょう

前スレ
モンゴル帝国2
https://lavender.5ch.net/test/read.cgi/whis/1634554423/


モンゴル帝国のユーラシア興隆史 (多摩大学 2017年度 インターゼミ アジアダイナミズム班) 97ページ
https://www.tama.ac.jp/guide/inter_seminar/2017/2017_asia.pdf
文献研究1
13世紀前半初代 チンギス・カーンの時代 ~モンゴル帝国の樹立と拡張~
(3)' 絶対服従
虐殺は古来からの戦争のルールであり、モンゴル軍の戦争のやり方がそれまでの戦争と大きく異なったのは、自
分たちが天から世界を支配すべき命令を受けた種族であると確信していたのである。1206年シャーマンである
コゴチエ・テブ・テングリは神がかりになって次の天命を宣言した。「永遠なる天の命令であるぞ。天上には、唯一
の永遠なる天の神があり、地上には、唯一の君主たるチンギス・カーンがある。これは汝らに伝える言葉である。
我が命令を地上のあらゆる地方のあらゆる人々に、馬の足が至り、舟が至り、使者が至り、手紙が至る限り、聞き
知らせよ。我が命令を聞き知りながら、従おうとしない者は、眼があっても見えなくなり、手があっても持てなくなり
、足があっても、歩けなくなるであろう。これは永遠なる天の命令である。」
チンギス・カーンも全モンゴル人もこの天命を堅く信じ、天命に導かれ世界征服に乗り出したのである。チンギス・
カーンの子孫たちも、西ヨーロッパやエジプトの君主に送って降伏を促す手紙の中で、この天命の文句を引用して
いる。この天命を信じるモンゴル人にとって、無条件で降伏しない者は、天に逆らう極悪人であり、極悪人を*つ
くすのは、天に対する神聖な義務を果たすことだったのである。




2 世界@名無史さん :2022/04/05(火) 07:54:31.47 0.net
モンゴル帝国のユーラシア興隆史 (多摩大学 2017年度 インターゼミ アジアダイナミズム班) 11ページ
https://www.tama.ac.jp/guide/inter_seminar/2018/asia.pdf

同じ時期に、モンゴル軍によるわざわいのニュースが、ヨーロッパ中に広がり、余すとこ
ろのない破壊と破滅の予言が飛び交った。噂は噂を呼んで、超自然的な力をもつ冷酷な馬頭
の怪物が犠牲者をむさぼりくう、といった外道な残虐行為となってひろまった(マーシャル
1993)。聖ベネディクトゥスの修道士、イギリス人年代史家、マシュー・パリスも『大年代
記』に下記のような絵を残した。犠牲者を料理し、むさぼり食うモンゴル人を誇張して描い
たもので、女性捕虜は死よりひどい運命が待っていたと記している(図 1 参照)。ルーも、
火をいれない肉だけ食べて 10 日間も行軍していた、口に入るものならなんでも食べていた、
泥水も啜っていたと述べている(ルー 2002)。こうした記述はやはり信じがたい(図 2 参
照)。
ルーは、どんな気候にも耐え、どんなものでも食料にできるモンゴル人の能力は見るも
のを驚嘆させたと綴っている。また、イタリア人のフランチェスコ会修道士カルピニは、
「口に入るものなら、何でも彼らの食料になる」と記し、マルコ・ポーロは「彼らは、必
要なら火もおこさず、火を通さない肉だけ食べて 10 日間も行軍することができる。酒も
水もなくても、馬の血だけでしのぐこともしばしばである」と書き表した(ルー 2002)。

3 世界@名無史さん :2022/04/05(火) 07:57:43.32 0.net
>>2 のタイトルを以下に訂正します
モンゴル帝国の興隆と衰退 (多摩大学 2018年度 インターゼミ アジアダイナミズム班)

4 世界@名無史さん :2022/04/05(火) 07:59:08.61 0.net
チンギス・ハーンは一二二一年、アフガニスタンのヒンドゥクシュ山脈を南へ越えてバーミヤン城を攻め落とした。
これはカーブル市の西方の、有名な磨崖の大仏のあるところである。
そこへ新スルターン・ジャラール・ウッ・ディーンの軍が接近して、パルワンの原というところで
チンギス・ハーンの養子シギ・フトフの指揮する三万のモンゴル軍を全滅させた。
チンギス・ハーンはただちに敵の追跡に入り、パキスタン北部のインダス河のほとりで追いついた。ホラズム軍は粉砕された。
河岸に追い詰められたジャラール・ウッ・ディーンは、高い岸から乗馬もろとも水中に飛び込んで流れを泳ぎ切って逃れた。
チンギス・ハーンは、追撃して河に飛び込もうとする部下を押しとどめ、
息子たちにジャラール・ウッ・ディーンの姿を指し示して、男子たる者はこうでなければならぬと教え諭した。

一二二二年、チンギス・ハーンはパキスタンからアフガニスタンに戻り、ヒンドゥクシュ山脈の北で休息を取ったのち、
もと来た道をたどってゆっくりと移動しつつ、一二二五年の二月になって、やっとモンゴル高原の故郷に帰り着いた。
この七年間のチンギス・ハーンの中央アジア遠征の結果、この地方の様相は一変してしまった。
ホラサン地方はそれまで人口が多く、都市や農園が連なった豊かなところで、イラン人の文化の中心であった。
拝火教の教祖ゾロアスターもホラサン地方の出身であったといわれる。
ところがチンギス・ハーンのモンゴル軍の侵入で多数の人々が*れ、都市は破壊され、
さらにオアシスの緑を支えていた灌漑設備が大損害を受けたために、この地方は沙漠化し、人口は激減した。
そしてこれまでの住民のイラン人に代わって、北方からトルコ系の人々が入り込んでくるようになった。
もとのホラサン地方の北半分は、現在、トルクメニスタン共和国に属しているが、トルクメン人は北方から入り込んだトルコ人である。
チンギス・ハーンのモンゴル軍が、この遠征でかくも破壊をほしいままにした理由は、
この地方が遊牧民の好きな環境の草原地帯でなかったため、人手と財貨の掠奪にしか興味をもたなかったからであろう。

(岡田英弘『チンギス・ハーンとその子孫』)

5 世界@名無史さん :2022/04/05(火) 17:12:43.91 0.net
人種

6 世界@名無史さん :2022/04/05(火) 17:13:01.17 0.net
モンゴロイド

7 世界@名無史さん :2022/04/05(火) 17:13:13.24 0.net
日本

8 世界@名無史さん :2022/04/05(火) 18:45:17.65 0.net
ユーラシア東部の人々をモンゴロイドと名付けたのはドイツ人
中国ではなくモンゴルが選ばれたのはレグニツァの戦いの記憶が語り継がれたからだろうか

9 世界@名無史さん :2022/04/05(火) 22:14:28.84 0.net
ロシアの戦争犯罪
一方モンゴル帝国の戦争犯罪はどう裁かれたのですか?
やはり勝てば官軍ですか?

10 世界@名無史さん :2022/04/05(火) 22:15:43.23 0.net
勝つべきでない悪の勢力が勝ってしまったディストピア世界
それがモンゴル帝国

11 世界@名無史さん :2022/04/05(火) 22:45:55.34 0.net
勝つべきでない悪の勢力が勝ってしまったディストピア世界
それがロシア帝国とソビエト連邦(とロシア連邦)

13 世界@名無史さん :2022/04/06(水) 08:09:38.54 0.net
モンゴル帝国の愛弟子であるロシアを解体しなければ、世界に平和は訪れない

14 世界@名無史さん :2022/04/06(水) 12:08:31.62 0.net
>>13
子プーチンが群雄割拠する戦国時代になるよ。

15 世界@名無史さん :2022/04/06(水) 12:51:06.54 0.net
>>14
それでいい
自分たちで統治者を選ぶ長老会議を通じて民主主義が根付くために必要な通過点

16 世界@名無史さん :2022/04/06(水) 13:04:56.03 0.net
今のモンゴル国でそれなりに民主主義が機能しているのは、遊牧民がそもそも権威主義よりも実力主義であることと、深刻な少数民族問題を抱えていないことが理由だろう
遊牧民のカザフスタンが権威主義なのは、イスラムを圧倒する世俗主義優位を維持する必要に迫られるからだろう

17 世界@名無史さん :2022/04/06(水) 16:44:43.09 0.net
世界史は無登録を登録する事が出来んのだわ

21 世界@名無史さん :2022/04/08(金) 10:36:11.31 0.net
ぼんやり読書しながらメモを取ったのだが、平家といえば将門って渤海滅亡後に契丹をバックに活躍しようとした人物だよな。渤海と通行のあった敦賀港は東丹との通行にも利用され、国名は丹後。

清盛もそうなのかどうかは不明だが、日宋貿易で財をなし位は相国。契丹の滅亡後だし、バックは宋なのだろう。キタイのことは忘れていいのだろうか。

甲冑は、源平ともに記録にある鮮卑慕容部のものなどと同じ。とは言っても頼朝配下の坂東武者の大半は平氏系で、のちに外戚の北条氏が権力を占有したのだが、その時代に北条氏らがモンゴルを撃退した。その際、利害が一致する宋人とは明らかに協力関係にあった。

女真、新羅、高麗からなる刀伊の入寇は、将来起こる元寇に瓜二つ。平安から鎌倉時代、五代十国やモンゴルは、どこがどれくらい権勢を及ぼしていたか気になる。

22 世界@名無史さん :2022/04/08(金) 16:42:36.05 0.net
>>21
何いってんだよ。将門は自分が新皇に即位する時の根拠に
遼の耶律阿保機を引き出したまでで、それもブレーンの
興与王が入れ知恵しただけだろ。

23 世界@名無史さん :2022/04/08(金) 21:07:36.93 0.net
>>22
引き合いに出しただけとかまで分かるのか?
耶律阿保機が急死しなかったら、日本代表が彼になってたんじゃないの?

24 世界@名無史さん :2022/04/09(土) 02:18:51.17 0.net
モンゴル帝国ってどうやって居庸関を攻め落としたの?
横山光輝の『チンギスハン』では北と南を交互に攻めて、城壁の兵士を守備に往復させて疲労させて落としたって描いてあるんだが
普通はそれぞれの地点毎に兵士が居て守備区間決まってるもので、少数の兵士が移動しながら守っているのはおかしいのでは?と思った

26 世界@名無史さん :2022/04/10(日) 13:25:22 ID:0.net
寄せ手の方が絶対疲れるよな城壁の方が整地されてるし

34 世界@名無史さん :2022/04/12(火) 11:51:00.30 0.net
一二○六年の春の、ケンテイ山脈の中のオノン河の水源地での即位式で、テムジンの義理の兄弟の大シャマン、ココチュ・テブ・テンゲリは、
かれに「チンギス・ハーン」という称号を授けただけではなかった。ココチュの口を通して、つぎのような天の神の託宣がくだったのである。

「永遠なる天の命令であるぞ。
天上には、唯一の永遠なる天の神があり、地上には、唯一の君主なるチンギス・ハーンがある。
これは汝らに伝える言葉である。
我が命令を、地上のあらゆる地方のあらゆる人々に、馬の足が至り、舟が至り、使者が至り、手紙が至る限り、聞き知らせよ。
我が命令を聞き知りながら従おうとしない者は、眼があっても見えなくなり、手があっても持てなくなり、足があっても歩けなくなるであろう。
これは永遠なる天の命令である。」

この神託は、チンギス・ハーンを地上の全人類の唯一の君主として指名し、
チンギス・ハーンの臣下とならない者は誰でも、天の命令に服従しない者として、破滅をもって罰するという趣旨である。
この天命を受けて、チンギス・ハーンとその子孫に率いられたモンゴル人たちは、世界征服の戦争に乗り出したのである。
モンゴル人たちは、このチンギス・ハーンに授けられた世界征服の天命を固く信じていた。
モンゴル人にとって、無条件で降伏せず、かれらに抵抗する者は、天に逆らう極悪人であり、極悪人を*尽くすのは、天に対する神聖なる義務を果たすことだったのである。

ここで問題になるのが、残忍凶暴な殺戮者・破壊者という、ヨーロッパ人がもち伝えた、チンギス・ハーンのイメージのことである。
実際のところ、チンギス・ハーンのモンゴル軍が、撃ち破った敵を皆*にした話は、ただ一例を除いて、すべて都市民に対するものである。
その例外の、遊牧民に対する唯一の虐殺事件は、テムジンがチンギス・ハーンと名乗る前の一二○四年、タタル部族に対しておこなったものである。

(岡田英弘『チンギス・ハーンとその子孫』)

35 世界@名無史さん :2022/04/14(木) 07:40:48.74 0.net
チンギス・ハーンの名言
人間の最も大きな喜びは、敵を打ち負かし、これを眼前よりはらい、その持っているものを奪い、
その身よりの者の顔を涙にぬらし、その馬に乗り、その妻や娘をおのれの腕に抱くことである。


https://twitter.com/karizo2022/status/1514364524987842560
ロシアの国際人道法違反に関する報告書:つづき
・夫を*れた女性:「酔ったロシア兵」に「小さな子供のいるところで」何度も*された
・報告書:「ウクライナの他の多くの地域でも、ロシア兵による集団*を含む*の疑惑がある」
(deleted an unsolicited ad)

37 世界@名無史さん :2022/04/14(木) 13:22:23.15 0.net
モンゴル帝国について、読みやすい図解はありめすか?
お気に入りは、歴史群像新書のチンギス・ハーンですが、他にありますか?

38 世界@名無史さん :2022/04/15(金) 03:06:41.62 0.net
以下の学者のツイートもやもやする。
モンゴル帝国史の研究者からすれば、ロシア軍は人命尊重するからこそあえて虐*ているって結論にしかならないんだよなあ。
キッシンジャーの原爆投下に関する見解もモンゴル帝国史の研究者と同じで、被害を抑えるために必要な殺戮という認識。


https://twitter.com/MichitoTsuruoka/status/1514050466627264514
善悪を判断するより「どっちもどっち」という価値相対主義こそが安易な姿勢。
善悪の判断には責任が伴う。露の民間人虐殺は、恐怖心を植え付けるという段階を超え、
「ウクライナの破壊」自体が目的である度合いが強まっている。
これにも正義があると本気で主張するのか。あまりに重い話。
(deleted an unsolicited ad)

39 世界@名無史さん :2022/04/15(金) 13:27:34.12 0.net
どっちもどっちって、どっちにも正義があり悪もあるとかより、どっちも悪いって感じだろ?
誰もロシアに瑕疵の無い正義があるなんて主張してる人いなくないか?
恐怖心を植え付けるための虐殺だったら正義なのか?何人までの殺人なら虐殺ではないセーフで正義とか読みとれかねない言い方だが

40 世界@名無史さん :2022/04/15(金) 13:32:40.71 0.net
シリアやロシアのように捕虜の大部分を*つつ少数をわざと逃がして恐怖宣伝させる手法は、モンゴル帝国史研究界隈では人道的という認識だよ

41 世界@名無史さん :2022/04/15(金) 13:45:19.31 0.net
レフ・グミリョフのユーラシア主義恐ろしいな。ロシアはモンゴルにかぶれた巨大なカルト国家

「1240年代初め、モンゴル人はルーシの残党をいとも簡単に打ち負かした。一般には「タタールのくびき(モンゴル支配)」はロシアの歴史における屈辱と見なされているが、ユーラシア主義者はこれを逆転させて、「モンゴルによる統治という幸運な慣習」のおかげで、ルネサンス、宗教改革、啓蒙思想などといったヨーロッパの腐敗とは無縁の環境で、新たな都市モスクワを創ることができたのだと主張した。ロシアがキリスト教世界のなかで特別な存在なのは、「タタールのくびき」によって、西欧文明に毒されることなく「無垢な精神」を保ってきたからなのだ。」

https://news.yahoo.co.jp/articles/e46df8055c2b94a6bf86cd5eb3d8630c4eaf7afa

42 世界@名無史さん :2022/04/16(土) 01:05:00.75 0.net
タルタリア帝国だったんだろ

44 世界@名無史さん :2022/04/16(土) 11:10:10.99 0.net
マルコポーロがお伴したコカチン姫ってフビライの血縁じゃ無いんだな
ずっとフビライの娘かと思ってたわ

45 世界@名無史さん :2022/04/16(土) 12:26:45.33 0.net
キューバを除いてテロ支援国家はすべてモンゴル帝国だった地域ばかり

https://twitter.com/takano_r/status/1515051067763195905
ゼレンスキー大統領がバイデン大統領との電話会談で、ロシアを「テロ支援国家」に指定するよう求めたという。米国側は明確に回答せず。ワシントン・ポストが報道。
ちなみに現在の指定国はキューバ、北朝鮮、イラン、シリアの4カ国。
(deleted an unsolicited ad)

46 世界@名無史さん :2022/04/16(土) 12:28:20.25 0.net
いや失礼、シリアの大部分はモンゴル帝国ではなかった

52 世界@名無史さん :2022/04/18(月) 14:10:43.00 0.net
督戦隊はモンゴルから来たもの

ソ連時代に督戦隊と呼ばれる独特の特殊な部隊があった。
督戦隊の目的は自軍部隊を後方より監視し、もしその部隊が戦闘から逃亡
するようなことがあれば攻撃を加え、強制的に戦闘を続行させる部隊らしい。
ノモンハンの日本側戦記を読むとソ連の装甲車が先ず日本軍陣地に突っ込んできて
その後方にBT戦車が日本軍陣地には距離を置いて日本軍陣地を砲撃せず逃げようとする
ソ連装甲車に砲撃を加えたりしたという記述があるらしい。

本来このような「督戦システム」は11~12世紀ユーラシア大陸を制覇したモンゴル軍の
異民族への督戦(一族の人質を捕り異民族部隊の前線投入又は全滅予定部署への配置)が始まり
のようだが何故20世紀の共産党が支配するソ連軍に蘇ったのだろうか?
モンゴル軍は一応異民族に対し「督戦」を行ったがソ連は自国民に向かって行った。

科学的共産主義は人間性の尊重から生まれたと聞くががどうも「非人間的」であり
「物質的」である。
人間を物としてあつかったのが「共産主義が表看板」の独裁者スターリンであった。
レーニンはボロがあまり出てないが長生きすればスターリンもウクライナ等で同じ事を
したと思う。

尚、非人道的なこの「督戦システム」はソ連をまねたのか中国の蒋介石率いる国民党軍や
毛沢東率いる中国赤軍(八路軍)も採用している。

中国赤軍はこの督戦システムで朝鮮戦争では世界一の米軍相手に小銃、(一部自動小銃)
手榴弾、迫撃砲のみの軽武装で突撃し一時は「人海戦術」と呼称しつつ勝利している。
韓国の傑作戦争映画「ブラザーフッド」では映画の後半オゾマシイ「督戦隊」の
様子が巧い演出で描かれていたように思う。
ソ連・中国に共通するのは自国の人口大国である事だ。
つまり敵兵一人*ために自軍兵士が5倍の5人*だとしても「戦争」に勝てばよい
という考え方だろう。
https://na.om.oe320.blo.g.fc2.co.m/bl.og-entry-240.html

54 世界@名無史さん :2022/04/18(月) 20:16:40.84 0.net
モンゴル教がロシアを駆り立てているらしいからなw

59 世界@名無史さん :2022/04/23(土) 13:00:34.57 0.net
モンゴル帝国のその後(クリミア・タタール人 ロシア帝国とモンゴル  ティムール帝国 元から清へ)1992年 - YouTube


(出典 Youtube)


64 世界@名無史さん :2022/04/30(土) 22:50:11.98 0.net
>>62
https://pbs.twimg.com/media/FRgJBIXUcAAfAzq?format=png
https://pbs.twimg.com/media/FRgJBQhaUAAJC0M?format=png
https://pbs.twimg.com/media/FRgJBZRaUAANdzj?format=png

ウクライナにはクリミア・タタール人もいるので、この人の言いたいことは外見ではなく中世そのままな価値観についてなのだろう

63 世界@名無史さん :2022/04/30(土) 13:58:17.65 0.net
異民族の襲来を受けたところは全部そんなもんだよな
ヨーロッパ人がアジア人から侵略されたから凄い悲劇のように言ってるけど
ヨーロッパ人が侵略したところも大概酷い

65 世界@名無史さん :2022/04/30(土) 22:54:25.00 0.net
1992年のNHKスペシャル「大モンゴル」で、タタールのくびきのもとで成長したモスクワ大公とロシア正教会について言及があるんだけど、
今、プーチン政権で起きている政教一致路線なんてまさにその具現化であり、30年前の番組とは思えない予言ぶりが恐ろしいわ

66 世界@名無史さん :2022/04/30(土) 23:33:13.51 0.net
https://twitter.com/eurasia_watcher/status/1520176971858255872
ウクライナ筋によると、ヘルソンでロシア軍のチェチェン人部隊とブリヤート人部隊が仲間割れを起こしたらしい。理由は両者の扱いの不平等さと略奪品の取り合いだとか。
(deleted an unsolicited ad)

67 世界@名無史さん :2022/05/03(火) 12:34:48.47 0.net
>>66
元々チベット仏教徒とロシア正教徒の多いブリヤート族とイスラム教徒のチェチェン人は仲が悪い。

68 世界@名無史さん :2022/05/03(火) 14:04:20 ID:0.net
仏教とキリスト教は親和性が高いのかね?
キリスト教とイスラム教は同じ神のはずなのにね。
近い民族とか宗教ほど争いが起こるからねえ

69 世界@名無史さん :2022/05/03(火) 16:21:50 ID:0.net
>>68
仏教側から積極的にキリスト教排斥しないし、
ロシア正教も強引な布教しないから、わりかし関係は良好。

70 世界@名無史さん :2022/05/03(火) 17:57:06.45 0.net
イスラムも中世では寛容な宗教だったのにな

71 世界@名無史さん :2022/05/03(火) 21:31:29.49 0.net
>>70
> イスラムも中世では寛容な宗教だったのにな

そのような事実はない。
インドの仏教を滅ぼしたのはイスラム教徒。

73 世界@名無史さん :2022/05/04(水) 15:14:43.52 0.net
教義的にはイスラムは寛容…かもしれない、金を払えば(一部の)信仰は許すっていう
でも教義で言えばほとんどの宗教は平和なんですよね

75 世界@名無史さん :2022/05/06(金) 19:08:52.07 0.net
>>73
イスラム圏に仏教徒がいないことの意味わかる?

78 世界@名無史さん :2022/05/06(金) 20:43:21.60 0.net
>>75
いるぞ。

85 世界@名無史さん :2022/05/13(金) 19:15:01.20 0.net
>>79
影薄い扱いされるけどお宝鑑定団的にはスーパーVIPよな
初期ハーンだと実はモンケの方が影薄いのでは・・・

90 世界@名無史さん :2022/05/15(日) 06:01:23 ID:0.net
>>76,77 の出典
グユクの教皇あてラテン語訳返書について - 海老澤哲雄
https://appsv.main.teikyo-u.ac.jp/tosho/tebisawa19.pdf

80 世界@名無史さん :2022/05/08(日) 11:49:42.22 0.net
ジンギス王家って、皇后はどこの部族から迎えるか大体決まってんだな

82 世界@名無史さん :2022/05/08(日) 16:21:16.95 0.net
>>80
コンギラート部が一番多かったんじゃないか。
他にもメルキトとかからも迎えてるけど。

83 世界@名無史さん :2022/05/11(水) 13:52:36.21 0.net
東方三王家の肝入りで力を得たフビライ政権下で、高麗が駙馬家となった後、元寇がきっかけと思われる東方三王家の反発があり、フビライは旧ホラズム系の騎馬隊を用いてこれを鎮圧したとある。

こんなに激変するのは不自然だから、このあたりでフビライ2世がこっそり登場したんじゃないかな。

84 世界@名無史さん :2022/05/11(水) 13:54:54.54 0.net
東方三王家はネストリウス派キリスト教徒で、元々ホラズムの根源地の一部であるバビロニアの属性を持っているから、単純に高麗化に対する反発かもしれない。

86 世界@名無史さん :2022/05/14(土) 16:46:25.94 0.net
「グユク・ハンがローマ教皇インノケンティウス4世に宛てた勅書(ラテン語版)」

神の力により、万人の皇帝、大教皇に確かな本物の書簡を〔届ける〕。

私たちと和平しようと議したのち、教皇たるあなたとすべてのキリスト教徒は、使節を私たちに派遣した。
使節自身より聞き、かつ書簡にもある通りである。
そこで、もし私たちと和平しようと望むのであれば、教皇たるあなたとあらゆる国王と有力者は、和平を確立するために決して遅延することなく私たちのもとへ来るように。
その際、私たちの回答と意向を聞かせよう。

あなたの書簡の内容に「あなたは洗礼を受けてキリスト教徒になりなさい」との一節が含まれている。
これについて一言あなたに答える。
どのようにしてそのことを行うべきか解らない、と。
あなたの書簡には、ほかに住民、とくにキリスト教徒、わけてもポーランド人、モラヴィア人、ハンガリー人の大量殺戮にあなたが驚いている旨が記されているが、私たちはあなたに、この件についてもまた解らないと答える。

ただし、この件について全く沈黙して避けて通った、と思われないように、あなたに次のように答える。
かれらは神の文書とチンギス・ハンとカガンの命令に従わず、大いなる会議を開いたすえ、使節を殺害した、そのために神はかれらを討滅するように命令を下し、〔その実行を〕私たちの手に委ねられたと。

(つづく)

87 世界@名無史さん :2022/05/14(土) 16:57:55.17 0.net
誤爆で >>86 を書き込んだことをお詫びします


イヴァン四世の母エレナ・グリンスカヤは、いわゆる「クリコヴォの戦い」で、イヴァン四世の父方の先祖のドミトリー・ドンスコイ大公が戦った相手という、ジョチ家のクリミアの領主ママイの子孫であった。
つまりイヴァン四世は、母方ではチンギス・ハーンの血を引いていたわけである。
(中略)
イヴァン四世は、一五七五年八月、シメオン・ベクブラトヴィチというモンゴルの皇族を迎えてクレムリンの玉座につけ、全ルーシのツァーリに推戴して、かれに忠誠を誓った。
シメオン・ベクブラトヴィチは、モンゴル名をサイン・ブラトといい、その父のベクブラトは、黄金のオルドのアフマド・ハーン(一四六○~一四八一年に在位)の孫であった。
ベクブラトはモスクワの東方のカシモフのハーンとなり、息子のサイン・ブラトがそのあとを継いでいた。
いずれにせよ、このサイン・ブラト、一名シメオン・ベクブラトヴィチはチンギス・ハーンの子孫であり、「チンギス統原理」によってハーンと称する権利があった。
翌一五七六年の六月になって、ツァーリ・シメオン・ベクブラトヴィチは位をイヴァン四世に譲り、自分はトヴェリ大公になった。
「チンギス統原理」を踏まえたこの手続きによって、モスクワのツァーリ(ハーン)の位は、モンゴル帝国のなかで合法のものとなり、イヴァン四世はあらためてツァーリと称することができた。
これがロシア帝国の起源である。

(岡田英弘『チンギス・ハーンとその子孫』)

95 世界@名無史さん :2022/05/22(日) 14:20:22 ID:0.net
義経チンギスハン説って1ミリもおもんないよな
与太話と割り切ればアリってだけで遊牧民ナメんな
言うほど義経ってハーンの器か?

96 世界@名無史さん :2022/05/23(月) 13:53:53.78 0.net
義経は戦争の天才!義経好きだからなろう小説で活躍させたい!って感じで生まれた話なんだろうな
でも戦略や政治能力は言うに及ばず、多分戦術の才能でもテムジンの方が遥かに上だと思う

97 世界@名無史さん :2022/05/23(月) 14:29:58.31 0.net
>>戦術の才能

どうなんだろねむしろ結構負けが込んでそれでも人がついてくる人物像だけど
そんなだから政治的カリスマとしては一流で戦闘に関してはカサルの存在が大きいんじゃない?
インダス川の逸話なんか見ても個人の武勇よりしぶとく生き延びる執念こそが信条なんだろうな

98 世界@名無史さん :2022/05/23(月) 17:08:40.40 0.net
源氏が仮に中華北方民族系列だったとして、皇帝テクナイやウル、マダガらの命を受け、金国から敦賀から渡ってきたのかな。それとも、宋の港などを使って九州から渡ってきたのかな。

日宋貿易の交易ルートを断つことが目的なら平家と奥州藤原氏が共に邪魔だったろうけど、その両方がこの時期滅びている。

北族では遼が1125年に滅びているから、契丹にそこまでの余力はなく、金国の差し金じゃないだろうかと。既にチンギス・カンなども存在しているが、まだケレイトと抗争をしていた時期かもしれない。

99 世界@名無史さん :2022/06/02(木) 14:01:39.68 0.net
モンゴル帝国が成立したのは1206年春頃とされているんだけど、日本の元久3年正月1日が西暦1206年2月10日にあたる
義経説を採るならまさにのちの大元ウルスにつながる「元久」という日本の年号が重要になってくる


知らんけど

100 世界@名無史さん :2022/06/02(木) 14:50:28.62 0.net
頼朝は息子に万寿と名付けたが、これは当時でも文殊、満州などを意味するのだろうか。

マンジュという言葉の由来は、大元の玉璽を入手したホンタイジが、ジュシェン→マンジュに改称したとある。

元は拓跋氏の漢風姓でもあるが、源も禿髪部の改姓による。
源、元、どちらも鮮卑と関係があるのは奇妙だ。