| 田中 綱常(たなか つなつね、天保13年11月21日(1842年12月22日) - 明治36年(1903年)3月25日)は、幕末期の薩摩藩士、黎明期の軍人、政治家。栄典は正四位勲三等。最終階級は海軍少将。薩摩藩出身。維新後陸軍に出仕し、1872年(明治5年)準大尉、台湾出兵にて参軍谷干城に随行。… 6キロバイト (663 語) – 2025年12月4日 (木) 13:08 |
■ 「田中将軍」は人々の悩みに寄り添う神様だった
遠藤氏が特に印象に残ったのが、日本統治時代の軍人・田中綱常が神格化された「田中将軍」です。
台湾では、シャーマン(霊媒師)が神をその身に降ろし、信者の相談に応じる「降神(こうしん)」という儀式が行われます。
遠藤氏が取材した際も、田中将軍が降神したとされる約1時間の間、信者たちは次々と悩みを打ち明けていました。
その内容は、
- 恋人との結婚
- 仕事や商売の成功
- 家族との人間関係
- 子どもの将来
- 健康や病気
など、ごく身近なものばかりだったそうです。
軍服姿だから「戦いの神様」ではなく、人々の日常を見守る存在として信仰されていることが印象的でした。
■ ご利益は戦争ではなく「日常生活」
日本人の多くは「旧日本軍」と聞くと戦争を連想します。
しかし台湾の日本神が与えるとされるご利益は、まったく違います。
- 恋愛成就
- 商売繁盛
- 健康祈願
- 家庭円満
- 風水や住まいの助言
時には漢方薬について助言することもあるとされ、最後には必ず「いつも見守っている」と信者へ語り掛けるといいます。
まるで家族や先生、人生の先輩のような存在として親しまれていることが、日本神信仰の特徴です。
■ 「軍人の霊がいる」洞窟で見た戦争の痕跡
遠藤氏が最も衝撃を受けた場所が、現地で「コウモリ洞窟」と呼ばれる場所でした。
狭い洞窟を進んだ先には、旧日本軍が築いたトーチカ(防御陣地)と防空壕が残されていました。
同行したシャーマンは以前から「ここには軍人の霊がいる」と話していたそうです。
暗く湿った洞窟の先で戦争遺構を目にした遠藤氏は、戦後80年以上が過ぎても、戦争の記憶は土地に刻まれていると強く感じたと語っています。
■ 韓国でも共感された意外な理由
遠藤氏のドキュメンタリー映画は、韓国の民族誌映画祭でも上映されました。
上映前は「植民地時代の日本人を神様として描けば反発されるのでは」と心配していたそうです。
しかし実際は、予想とは正反対の反応でした。
韓国でも祖先の霊を大切にする文化が根付いており、「祀られない霊は社会に影響を及ぼす」という考え方に共感する人が少なくなかったのです。
つまり、この現象は「親日」「反日」といった政治的な対立ではなく、東アジアに共通する死生観として受け止められたのでした。
■ 「親日・反日」だけでは語れない歴史
台湾で日本人が神様として祀られている理由を知ると、「台湾は親日だから」という一言では説明できないことが分かります。
そこには、
- 供養されない霊を慰める文化
- 地域を守る神として迎える信仰
- 戦争で亡くなった人への敬意
- 歴史を忘れないという思い
など、複数の文化や歴史が重なっています。
善悪や政治だけでは語れない、人と霊との向き合い方が今も台湾では受け継がれているのです。
■台湾メット民の反応
■日本ネット民の反応
■ まとめ
台湾で祀られている「日本神」は、日本人を英雄視するために生まれた存在ではありません。
戦争で命を落とし、供養されなかった魂を慰め、地域を守る神として迎え入れる――。
そこには台湾独自の宗教観と死生観がありました。
今回のニュースは、歴史を「親日」「反日」という単純な言葉で語ることの難しさを改めて考えさせてくれる話題と言えるでしょう。
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■ おやじの呟き
「台湾は親日だから日本人を神様にした」という話だと思って読み始めた人は、おそらく最後には印象が大きく変わったのではないでしょうか。
今回最も印象的だったのは、「祀られない魂をそのままにしない」という台湾の価値観です。
戦争の歴史は決して美化されるものではありません。
しかし、その中で命を落とした人々をどう受け止め、どう供養するかという考え方には、それぞれの国や地域の文化が色濃く表れます。
歴史問題になると「親日」「反日」という言葉だけで語られがちですが、今回の話は、その枠組みでは説明できない奥深さを感じました。
皆さんは、台湾で日本人が神様として祀られている理由について、どのように感じましたか?
ぜひコメントでご意見をお聞かせください。

