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タイ


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シャム戦争で滅ぼされた。タークシン大王は分裂した領土を再統一し、短命ではあったが自らが唯一の王であったトンブリー王国(1767年~1782年)を建国した。1782年、現チャクリー王朝の初代君主であるプッタヨートファ・チュラローク(ラーマ1世)が王位を継承し、シャム王国が成立。シャム...
171キロバイト (21,204 語) – 2026年8月1日 (土) 22:44

日本の同盟国タイの裏切り?敗戦国を逃れた奇策



第二次世界大戦で日本と同盟を結び、ともに連合国と戦ったタイ。


しかし終戦後、タイは「宣戦布告は無効だった」という驚きの主張を展開し、敗戦国という立場を巧みに回避しました。


なぜ日本の同盟国だったタイは、このような外交戦略を取ったのでしょうか。


今回は、日本とタイの戦時関係から戦後外交まで、あまり知られていない歴史の裏側を詳しく解説します。






■ 日本とタイは「敵」ではなく同盟国だった



現在ではあまり知られていませんが、タイは第二次世界大戦中、日本の同盟国でした。


1941年12月、日本軍は南方作戦の一環としてタイへ進駐します。


当初は短時間ながら武力衝突も起きましたが、タイ政府は早期停戦を決断。


その後、日本との軍事協力を選択し、両国は事実上の同盟関係となりました。


1942年1月にはタイ政府はアメリカとイギリスに宣戦布告。


日本・ドイツ・イタリア側に立って連合国と戦う道を選んだのです。



現在の日本では「タイは親日国」というイメージが強くありますが、実はこの時代には両国は正式な軍事協力関係にありました。







■ 東条英機がタイを訪れた理由



1943年7月、日本の東条英機首相がバンコクを訪問します。


これはタイ史上初めて外国首脳を迎えた歴史的出来事でした。


当時、日本は「大東亜共栄圏」構想を掲げ、東南アジア各国との結束を世界へ示そうとしていました。


東条首相の訪問も、その外交戦略の一環だったと考えられています。


タイ政府は盛大な歓迎を行い、一見すると両国の関係は極めて良好に見えました。


しかし、その裏側ではすでに日本への不信感が水面下で静かに広がっていたのです。






■ 実は宣戦布告には重大な欠陥があった



タイが後に敗戦国を免れる最大の理由となったのが、この「宣戦布告の形式不備」でした。


当時の国王アーナンタ・マヒドン(ラーマ8世)はまだ16歳。


スイス留学中だったため、国政は摂政団が担当していました。


本来、宣戦布告には3人の摂政全員の署名が必要でした。


ところが、そのうちの一人だったプリーディー・パノムヨンは署名を拒否します。


地方視察を理由に姿を消し、宣戦布告には参加しませんでした。


結果として宣戦布告は2人だけの署名で発令されることになります。


当時は誰も問題視しませんでしたが、この"小さな欠陥"が後にタイを救う最大の切り札となります。






■ タイ政府は日本を完全には信用していなかった



一般には「タイは日本の味方だった」と語られることが多いですが、実際にはそこまで単純ではありません。


首相ピブーンは日本と協力する一方で、タイの国益を最優先に考えていました。


日本に従ったというより、自国領土の拡大という目的も持っていたのです。


そのため、日本との同盟は理想や友情ではなく、現実的な国益外交でもありました。


さらに国内では、日本の敗北を予想する政治家も少なくありませんでした。


その代表格がプリーディーでした。


彼は秘密裏に連合国側とも接触し、日本敗戦後を見据えた準備を進めていたと言われています。






■ 日本軍との衝突で同盟関係に亀裂



決定的だったのが泰緬鉄道建設です。


日本軍はタイとビルマを結ぶ軍用鉄道建設を急ぎ、多くの捕虜や労働者を動員しました。


過酷な環境から、多数の犠牲者が出たことでも知られています。


その工事中に起きたバーンポーン事件は、日本とタイの関係を大きく悪化させました。


タイの僧侶が捕虜へタバコを渡したところ、日本兵が僧侶を殴打。


仏教国タイでは僧侶は非常に尊敬される存在です。


僧侶への暴力は国民感情を大きく刺激し、日本軍への反発が一気に広がりました。


同盟国でありながら、現場では深刻な対立が起きていたのです。






■ 戦局悪化でタイは静かに日本から距離を置き始める



1943年以降、日本軍の戦況は急速に悪化していきます。


タイ政府も、その流れを敏感に感じ取っていました。


象徴的だったのが、大東亜会議です。


東条英機は各国首脳を東京へ招きましたが、タイのピブーン首相は出席を見送りました。


代わりに代理人だけを派遣し、自ら姿を見せなかったのです。


この頃にはタイ政府は戦後を見据え、日本との距離感を慎重に調整し始めていました。


そして、日本敗戦の日が近づくにつれ、ある大胆な外交戦略が水面下で準備されていきます。






■ 「宣戦布告キャンセル」という前代未聞の外交戦略



1945年8月15日、日本はポツダム宣言を受諾し、第二次世界大戦は終結しました。


すると翌8月16日、タイでは摂政だったプリーディー・パノムヨンが驚きの声明を発表します。


「1942年の対米英宣戦布告は法的に無効である」


その理由は、宣戦布告時に必要だった3人の摂政全員の署名が揃っていなかったというものでした。


つまり、タイ政府は「正式な宣戦布告は成立していない」と主張したのです。


現在なら「手続き上の不備」と聞こえるかもしれませんが、この主張は国家の命運を左右する一大勝負でした。


もし認められなければ、タイは日本と同じ敗戦国として厳しい処分を受ける可能性があったからです。






■ イギリスは「そんな理屈は認められない」と猛反発



当然ながら、この主張に最も強く反発したのはイギリスでした。


タイ軍は日本軍と協力し、英領ビルマ方面で軍事行動を行っていました。


イギリスから見れば、タイは明らかな交戦国だったのです。


「署名が足りなかったから宣戦布告は無効」という理屈を認めれば、戦争責任そのものが曖昧になってしまいます。


そのため英国政府は、タイに対して賠償や厳しい戦後処分を求める姿勢を崩しませんでした。


当時はタイが敗戦国として扱われる可能性も十分に存在していたのです。






■ タイを救ったのはアメリカだった



しかし、この流れを大きく変えた国がありました。


それがアメリカです。


戦後、アメリカはソ連との対立、いわゆる冷戦を見据え始めていました。


東南アジアで親米国家を確保することは、安全保障上きわめて重要だったのです。


そこでアメリカは、タイの「宣戦布告無効」という主張を受け入れ、イギリスにも譲歩を求めました。


戦後復興でアメリカの支援が必要だったイギリスは、この圧力を無視できませんでした。


結果としてタイは敗戦国という立場を回避することに成功します。


戦争に勝ったわけではなく、「外交に勝った」とも言える歴史的瞬間でした。






■ 「自由タイ運動」が戦後外交を後押しした



タイ国内には、日本との同盟に反対していた人々も存在しました。


その代表が自由タイ運動(セリー・タイ)です。


彼らは連合国側と秘密裏に連携し、日本敗戦後を見据えた活動を続けていました。


戦後、この存在は「タイ国民全員が日本に協力していたわけではない」という重要な材料となります。


アメリカもこの運動を高く評価しており、タイへの対応を比較的寛大にする要因の一つとなりました。






■ 現在のタイでは「敗戦国ではない」が常識



現在のタイでは、「タイは敗戦国ではない」という歴史認識が広く共有されています。


バンコク近郊の軍事博物館では、日本軍への抵抗や自由タイ運動が大きく展示されています。


展示では、日本軍への抵抗を英雄的に紹介する一方で、戦後外交によって国家の独立を守ったことも誇りとして語られています。


日本では「親日国タイ」というイメージが定着していますが、タイ国内では「日本と協力した時代」と「日本に抵抗した歴史」の両方が語られているのです。


同じ出来事でも、国が違えば歴史の見え方も大きく変わることが分かります。






■ 日本とタイの関係は戦後どう変わったのか



戦後、日本とタイの関係は急速に改善しました。


経済成長とともに日本企業が進出し、多くの投資や技術協力が行われます。


現在では、自動車産業をはじめ多くの日本企業がタイを重要な生産拠点としています。


また、日本文化や観光も高い人気を誇り、両国は良好な友好関係を築いています。


しかし、その背景には戦争と外交という複雑な歴史があったことも忘れてはならないでしょう。





■ 日本人ネットの反応


25 
宣戦布告を『なかったこと』にするなんて、そんな外交が通用するのか…。

3 
日本は戦場で戦い、タイは外交で戦ったということか。

4
これが国益第一という考え方なんだろう。

5 
正直、日本から見れば裏切りだろう。

28
このころから親日だったのか・・・

80
でも国が生き残るためなら当然の判断かもしれない

6 
アメリカの後押しがなければ結果は違ったはず

8
色んな思惑が渦巻いてたんだな。

9
戦争より外交が重要だった好例だな。

10
学校で習わない歴史ばかりで驚いた!

11
タイも必死だったんだろう・・・

13 
タイに行ったときは「軍事博物館」に寄ってみよう。

15
英国が怒るのも無理はない。

16
日本だけが責任を背負ったようにも見える。

17
タイに原爆が落とされる歴史もあったかもしれないんだな。

18 
勝者が歴史を書くとはよく言ったものだ。

20
親日国というイメージしかなかったから意外だった。

21
同盟国でも最後は自国優先なんだな

24 
そらそうだろう!

26
バーンポーン事件は初めて知った。

27 :
僧侶への暴力はタイ人から見れば忘れられない出来事だろう。

29
タイ人のお坊さんの敬い方はハンパないもんな。

30
戦争は感情ではなく国益で動くとよく分かる。

32
だから国民が望まない争いが生まれるんだな。

36 
この記事を読んでタイを見る目が少し変わった。

44
歴史は勝敗だけでは決まらないことを改めて感じた


■ タイ人ネットの反応


34
タイは日本を裏切ったのではない。タイ国民を守るために最善を尽くしただけだ

35
戦争ではなく外交で国を守ったことを誇りに思う

37
もし敗戦国になっていたら、今のタイは違っていただろう

38 
プリーディー・パノムヨンの判断は歴史に残る功績だ

39 
そのころからら親日だったんだね

40
タイは昔から大国の間を渡り歩く外交が上手だった

41 
日本とは協力したが、最後まで運命共同体だったわけではない

42
国益を最優先するのはどの国でも同じだ

43 
日本人が裏切りだと思うなら、それは立場の違いだ

46 
タイは植民地にならなかった数少ない国だから外交感覚が違う

48 
日本軍への抵抗もタイの歴史の一部だ

49 
バランス感覚だな

50 
祖父は『戦争は二度と繰り返してはいけない』と言っていた

51
今は日本とタイは大切な友人だと思っている

52 
アメリカの支援がなければ結果は変わっていたかもしれない

53
戦後のタイ外交は奇跡ではなく実力だったと思う

54 
日本と戦ったというより、タイはタイを守っただけだ

59 
タイは常に主権を守ることを最優先してきた

64
今でも日本製品は好きだし、日本文化も尊敬している

66
日本人観光客には、ぜひタイの博物館も訪れてほしい

60
過去を学び、未来の友好につなげることが一番大切だ



■ まとめ



タイは第二次世界大戦で日本と同盟を結びました。


しかし終戦後には「宣戦布告は法的に無効だった」と主張し、敗戦国という立場を巧みに回避しました。


その背景には、宣戦布告の形式的不備だけでなく、アメリカの外交戦略、自由タイ運動、そしてタイ政府のしたたかな外交判断がありました。


歴史は戦場だけで決まるものではありません。


外交、法律、国際政治──そのすべてが戦後の運命を左右したことを、タイの事例は私たちに教えてくれます。


「親日国タイ」というイメージだけでは見えてこない、もう一つの歴史を知ることで、戦争と外交の複雑さを改めて考えさせられるのではないでしょうか。




■ 親日タイ関連記事






■ おやじの呟き



この記事を読んで改めて感じたのは、戦争は「勝った・負けた」だけでは語れないということです。


日本では「タイは親日国」というイメージが強く、第二次世界大戦でも日本と行動を共にした国という印象を持つ人が多いでしょう。
しかし実際には、タイは最後まで自国の生き残りを最優先に考え、戦況が変わる中で外交戦略を大きく転換しました。


日本人の立場から見れば、「裏切りだったのでは?」と感じる人がいるのも無理はありません。
一方で、タイ人から見れば「国を守るために最善を尽くした」という認識になるでしょう。


結局のところ、国家は感情ではなく国益で動きます。これは80年以上前も現在も変わらない国際政治の現実です。









タイフェスで感じる推し活最前線。GMMTV、NipponBoyz...タイのアーティストに熱狂する観客たち。白熱のステージエリア
...日本におけるタイドラマ熱の凄まじさを象徴しています。さらに、日本ではT-POP(タイの音楽)やドラマ、映画などタイエンタメ全体へ人気が拡大。特にタイ…
(出典:婦人公論.jp)


東南アジアのサムネイル
東南アジア(とうなんアジア、英語:Southeast Asia, Southeastern Asia、フィリピノ語:Timog-silangang Asya、ベトナム語:Đông Nam Á、ラーオ語:ອາຊີຕາເວັນອອກສຽງໃຕ້、クメール語:អាស៊ីអាគ្នេយ៍、タイ語:...
26キロバイト (3,366 語) – 2026年5月17日 (日) 09:13

(出典 images.microcms-assets.io)



Z世代K-POP離れ?タイ・ベトナム人気が急上昇



かつてアジアの若者文化を席巻したK-POPブームに、いま変化の兆しが見え始めている。
SNSは「最近は韓国よりタイやベトナムが熱い」「次の旅行先は東南アジア」という声が増加。
Z世代の間で、新たなトレンドが生まれつつあるようだ。


もちろん、K-POPや韓国ドラマの人気が急になくなったわけではない。
しかし、TikTokやInstagramではタイドラマ、ベトナムグルメ、現地カルチャーへの関心が急上昇している。


以前、当サイトでも「【異変】Z世代の韓国離れ...次のトレンドはタイ・ベトナムへ」という記事を取り上げたが、その流れを裏付けるような動きが続いている。






■ K-POP一強時代に変化の兆し



BTSやBLACKPINKをはじめとする韓国コンテンツは、この10年で世界中の若者を魅了してきた。
音楽だけでなく、コスメ、ファッション、ドラマ、グルメまで大きな影響を与えている。


しかし最近のZ世代は、「みんなが知っている流行」よりも、「次に流行るもの」を先取りしたいという傾向が強い。


その結果、韓国に続く新たなトレンド候補として、タイやベトナムが急速に存在感を増している。



関連記事:


以前、当サイトでは「【異変】Z世代の韓国離れ...次のトレンドはタイ・ベトナムへ」という記事を掲載したが、今回の話題はその続報として注目を集めている。







■ なぜタイ人気が急上昇しているのか



特に注目を集めているのがタイだ。近年はタイ発のドラマや音楽コンテンツが日本でも広がりを見せている。



  • タイドラマ・BLドラマ人気の拡大

  • 日本よりも安い物価

  • おしゃれなカフェ文化

  • SNS映えする観光地の増加

  • 親日的な雰囲気


若者の間では、「韓国旅行よりタイ旅行のほうがコスパが良い」という意見も増えているようだ。






■ ベトナムが「次のアジア」と呼ばれる理由



一方、ベトナムも急速に人気を高めている。
ホーチミンやダナン、ハノイなどは、Z世代の新たな旅行先として注目されている。



  • 急成長する経済と近代的な街並み

  • フォーやバインミーなどのグルメ人気

  • 旅行費用が比較的安い

  • カフェ文化が発達している

  • 写真映えするスポットが多い


「韓国や台湾にはもう行ったので、次はベトナム」という声も少なくない。






■ SNS時代のZ世代は「次の流行」を探している



Z世代はテレビよりも、TikTokやInstagram、YouTubeなどのSNSから情報を得る世代だ。


そのため、一つの国が長期間トレンドの中心に居続けるのではなく、「まだ知られていない新しい文化」が次々と注目される傾向がある。


韓国ブームが終わるわけではない。しかし、タイやベトナムが新たな選択肢として存在感を高めていることは間違いないだろう。





■ ネットの反応


10 
韓国ブームが終わったというより、次の流行を探してるだけだろ。

14
最近のTikTok、タイ旅行の動画ばっかり流れてくる。

18
正直、韓国よりベトナムのほうがワクワクする。

19 
朝鮮戦争よりベトナム戦争のが最近だもんな!そこからここまで来たのは賞賛。

27 
ダナンの街並み、おしゃれすぎて驚いた。

31 
ホイアンのランタン祭りは幻想的で最高!

37 
K-POPは好きだけど、みんな同じなのが少し飽きた。

39 
タイドラマにハマる友達が急増してる。

42 
韓流よりイケメンが多い

55
東南アジアは物価が安いから学生でも行きやすい。

28 
韓国旅行よりタイ旅行の方がコスパがいい気がする。

20 
先友達と行ったサンスクヴィットのカフェはお洒落なのばっかりだった♡

24 
次に流行るのはベトナムだと思う。

35 
韓国はもう定番になりすぎた。

36 
ベトナムの「チリーズ」最高 ♪♪♪

48
みんなが行く場所より、まだ知られていない国に行きたい。

21
フォーとバインミーが普通にうまい

22
現地のバインミーはサイコーだな

23 
最近のZ世代は「次の流行」を見つけるゲームをしてる感じ。

25
タイのカフェ文化、想像以上にレベル高い。

26
タイはバーもお洒落だ!

32 
K-POP人気が落ちたというより、選択肢が増えただけ。

43 
韓国ドラマは見るけど、旅行先はベトナムかな。

44 
ベトナムのホラーは見とけ w

54 
タイ俳優が普通にイケメンで驚いた。

33
TikTokやってる「ルーク石川」は本当のイケメンだ♡

34 
東南アジア全体が勢いづいてる印象。

38
韓国は物価が高くなりすぎた。

40
この間、彼女と行って来たがオヤジにきいてたのと全然ちがった・・・

41
タイ料理のほうが日本人向けかもしれない

46 
ベトナムの発展スピードがすごい。

47 
韓国一強時代は終わりつつあるのかも

49
最近はK-POPよりタイポップを聴いてる

50 
旅行費用を考えたら東南アジア一択。

51
ホーチミンの夜景が綺麗すぎる。


(出典 wallpaperaccess.com)

52 
SNS映えならタイやベトナムの方が強い。

59 
韓国は行き尽くした感がある。

53 
若者は「みんなと同じ」が嫌なんだよ。

56
ベトナムのカフェ、想像以上だった。

57
タイのBLドラマ人気がすごい。

58 
韓国コスメはまだ強いと思う

60 
次のアジアブームがどこになるのか楽しみだ。



■ まとめ



かつての「韓国一強時代」に変化の兆しが見え始めている。
タイやベトナムの文化や旅行、エンタメが急速に存在感を高め、Z世代は次のトレンドを探し始めている。


数年後、アジアの人気ランキングは今とはまったく違うものになっているかもしれない。


今回話題になっている「タイ・ベトナム人気の急上昇」だが、実は以前から若者の間では小さな変化が起きていた。


K-POPや韓国ドラマの人気は依然として高い一方で、SNSでは「次のトレンド探し」が加速。タイドラマやベトナム旅行、東南アジアカルチャーが急速に存在感を増している。


なぜZ世代は韓国一強時代から新しいアジアへ目を向け始めたのか――。



■ 関連記事Z世代が憧れたKカルチャー






■ おやじの呟き



一昔前までは、アジアの若者文化といえば「韓国一強」というイメージが強かった。
しかし最近は、SNSを見ていてもタイやベトナム関連の動画や投稿が明らかに増えているように感じる。


もちろん、K-POPや韓国ドラマの人気が急になくなることはないだろう。
ただ、Z世代は親世代以上に「次に流行るものをいち早く見つけたい」という意識が強い世代でもある。


実際、タイドラマやベトナムのカフェ文化、急成長する街並みなど、東南アジアには韓国ブーム初期のような勢いがあるのも事実だ。


「韓国の次はどこなのか」――。

そんな視点でアジアを眺めてみると、数年後には今とはまったく違う人気ランキングが生まれているのかもしれない。









若者の「韓国離れ」が始まった...韓国ファッションに熱中した20代女性が"次の手本"にしているアジアの国
...この15年、日本の若い女性にとって、ファッションの手本は韓国だった。ところがいま、お洒落に敏感な20代女性の間で、これまで一度も“お手本”にされてこ…
(出典:プレジデントオンライン)


バンコクのサムネイル
プレステージバンコク グランド スクンビット バイ ソフィテル グランド・ハイアット・エラワン・バンコク コンラッド・バンコク ザ・スコータイ・バンコク ザ・ペニンシュラ・バンコク シャングリ・ラ ホテル バンコク デュシタニ・バンコク バイヨークスカイホテル フォーシーズンズ・ホテル・バンコク ホテル・ニッコー・バンコク...
59キロバイト (5,734 語) – 2026年6月26日 (金) 01:01

Z世代の韓国離れ...次のトレンドはタイ・ベトナムへ



長らく若者文化の中心だった韓国ファッションに、いま変化の兆しが見え始めている。


韓国コスメやK-POP、韓流ドラマに熱中してきたZ世代の女性たちが、次に注目しているのはタイやベトナムなどの東南アジアだという。


「韓国ブームは終わるのか」「次の流行は東南アジアなのか」──SNSでは早くも大きな話題となっている。






■15年続いた「韓流時代」に変化の兆し



この15年、日本の若い女性たちのファッションやメイクのお手本は、圧倒的に韓国だった。


K-POPアイドルのメイクや服装、韓国コスメ、韓流ドラマの影響は大きく、多くの若者がソウルを訪れて最新トレンドを追いかけてきた。


しかし近年、感度の高い女子大生や20代女性の間では、「韓国一強時代」に変化が起きているという。



  • 「韓国ファッションはみんな同じに見える」

  • 「細すぎて真似できない」

  • 「最近は新鮮味がなくなった」

  • 「もっと自然体のおしゃれがしたい」


こうした声が増えるなか、新たな憧れの対象として東南アジアが浮上している。







■次のトレンドは「タイ・ベトナム」



現在、若者たちが注目しているのがタイとベトナムのファッションブランドやインフルエンサーだ。


これまで「日本や韓国に憧れる側」と見られてきた東南アジア諸国が、今やトレンドを発信する存在へと変わりつつある。


特に人気を集めているのが、タイの「GENTLE WOMAN」、ベトナム発の「LSOUL」などのブランドだ。


最近では、日本国内でポップアップストアを開くケースも急増している。






■なぜ韓国ではなく東南アジアなのか



最大の理由は、「真似しやすさ」にあると専門家は分析している。


韓国や中国の人気インフルエンサーは、極端に細い体型や完璧なルックスが求められる傾向が強い。


一方、タイやベトナムのインフルエンサーには、より自然体で親しみやすい雰囲気がある。



  • ゆったりしたシルエットが多い

  • フリルなど可愛らしいデザイン

  • 露出が控えめ

  • 健康的で親近感がある

  • 日本人でも取り入れやすい


「頑張れば真似できそう」という距離感こそが、Z世代の心をつかんでいるようだ。






■韓国、中国に続く「第三の波」か



若者文化の流行は、この15年で大きく変化してきた。


韓流ブームの後には、中国コスメやワンホンメイク、TikTok、SHEIN、マーラータンなど、中国発のカルチャーが急拡大した。


そして今、タイやベトナムを中心とした東南アジア文化が静かに勢力を広げている


背景には、BLACKPINKのリサやNewJeansのハニなど、東南アジアにルーツを持つK-POPスターの存在もあるとみられている。






■Z世代が求めるのは「手の届く憧れ」



現在の若者たちは、「外見至上主義はよくない」という価値観と、「もっと美しくなりたい」という願望の間で揺れ動いている。


芸能人のような完璧な美しさには届かない。
しかし、SNSでは常に理想の姿が流れてくる。


そんな中で見つかったのが、「背伸びしすぎなくても楽しめる東南アジアのファッション」なのかもしれない。





■ネットの反応


3
韓国ブームも15年続けば十分長い。

20 
次はタイとベトナムなのか、時代が変わったな。

10 
最近の韓国ファッションはみんな同じに見える。

72
韓国に始まって日本が見下してきた国々がZ世代では憧れに代わってきた。

11 
タイのブランドは自然体で真似しやすい。

12
ベトナム女子のコーデ動画をよく見るようになった。

14 
ベトナムといえばアオザイに三角の藁帽子じゃないのか

15 
韓国系は細すぎて参考にならない。

16
うちのパパは「こんな時代がくるとは」て嘆いてた…草

17
アオザイはいいよな流行ってほしい

18 
東南アジアのほうが親近感がある。

26 
ソウルよりバンコク旅行のほうが楽しそう

32
最近の卒業旅行はバンコクが多いもんね ♪

33
流行の中心が韓国から移る日が来るとは。

37
ものごころついたら韓国一色だったからピンとこない

40 
次の聖地はホーチミンかもしれない

42 
ハニの故郷だもんなw

39 
韓国ブームは終わらないと思っていた

19 
K-POPアイドルの体型は真似できない。

21
東南アジア系のゆるい感じが好き。

23
タイのカフェ文化も気になる。

24 
日本人向けなのは東南アジアかも

25
バンコクは日本文化が流行ってるがな・・・

27
タイのインフルエンサーといえば「ナイン」ちゃんか?

28 
BLACKPINKのリサの影響は大きい。

60
NewJeansのハニもきっかけになってそう。

29
ハニは育ちがオーストラリアだからな。

30 
インスタでタイ人インフルエンサーをフォローしている

31
韓国は憧れ、東南アジアは現実的

34
ベトナム発ブランドが増えている

35 
最近、タイドラマも来てるよね♡

36 
T-ポップも熱いぞ!

38 
韓国ブームが定番化しただけでは?

46 
韓国の感性について行けなくなったか

48 
若者は常に新しいものを探している。

54 
日本のブランドももっと頑張ってほしい。

49 
SNSが流行を変える速度が速すぎる。

78
時代は芸能人よりインフルエンサーなんだな。

84 
バンコクのおしゃれスポットが気になる。

50
ホーチミンの雑貨屋がかわいい。

66 
『真似できる憧れ』という言葉は分かる。

68
東南アジアは食も魅力的

69
韓国が下火というより、次が出てきただけ。

76
数年前は中国コスメが流行っていた。

67 
アオザイ流行るなら大賛成

70 
TikTokの影響が大きすぎる。

90 
10年後にはまた別の国が流行っていそう。

95
アジアのトレンド地図が塗り替わるかもしれない。



■まとめ



15年近く続いた韓流ブームは依然として強い影響力を持っている。しかしその一方で、感度の高い若者たちの間ではタイやベトナムといった東南アジアのトレンドが広がり始めている。


まだ一部の現象に過ぎないものの、かつて韓流も小さなブームから始まった。


「韓国の次はどこなのか」。Z世代の新たな選択が、これからのアジアの消費トレンドを大きく変えるかもしれない。




■アジアのトレンド関連記事





■おやじの呟き



一昔前までは、日本の若者がファッションやメイクの手本を海外に求めるなら、欧米が当たり前だった。その後、韓国が圧倒的な存在感を示し、「韓流一強」とも言える時代が15年近く続いた。


しかし今回興味深いのは、単純な「韓国離れ」ではなく、若者たちの価値観そのものが変化しているように見えることだ。


韓国や中国のような「完璧な美」に憧れる一方で、Z世代は「無理をしなくても真似できるおしゃれ」を求め始めているのかもしれない。


タイやベトナムが次のトレンドの中心になるかどうかはまだ分からないが、かつて韓流ブームも一部の若者から始まったことを考えると、今回の変化は決して小さな出来事ではない。


アジアの流行地図が塗り替わる日は、本当に近いのかもしれない。








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